伊丹のエクステリア&ガーデン通信
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風情ある町家が軒を連ね、散策者をひとときの時間旅行にいざなう「ならまち」 厳密には、奈良市にはならまちという地名は存在しませんが、その町並みをいつしかそう呼ぶようになったそうです。 ならまち一帯は、かつて隆盛を誇った元興寺の境内であった場所。日本で初めての本格的伽藍として飛鳥に創建され、養老2年(718)平城遷都まもない奈良の地へ移転した元興寺は、東大寺や興福寺とともに南都7大寺のひとつに列せられ、その広大な境内には壮麗な堂塔伽藍が甍を並べていました。 しかし、都が京都へ遷り、時代が変化していくにつれて、元興寺も他の官寺と同様に衰退の道を辿ります。それぞれの堂塔は分離し、荒廃した境内には次第に商工業を営む人々が住み始め、庶民の町が形成されていきました。それがならまちとして発展していくことになります。 お昼ごはんを食べた「はり新」さんです。 [画像]いただいた「かみつみち弁当」には古代のチーズ「蘇」や地元奈良の食材が使われているそうです。 かみつみちとは、上津道のこと。 町屋の2階から撮ってます。 塔があった跡がよくわかります。 小塔院跡も訪れましたが、もう少しきちんと整備して欲しいと願います。 [画像]奈良町物語館は元興寺の金堂跡に建っています。金堂の礎石です。と書いてあります。 極楽房には極楽堂と禅室や五重小塔、智光曼荼羅などあまたの文化財が今に受け継がれています。 私は奈良博に展示されている薬師如来立像が大好きです。 訪れた3月14日はお天気がよくて暖かい日だったせいか、平城遷都1300年祭のためか沢山の人が散策されて楽しまれていました。 この機会に沢山の人に奈良を知って、愛して欲しいと思います。
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