さわやか信州の庭 toledo
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17日の朝、車を北に走らせ、新潟から福島に出て仙台に到着したのがお昼頃でした 看板には、うまい鮨勘とありました うまいと言う文字に引き寄せられて入りました ジーランドさんに行くのは2度目ですが、前回よりもディーズガーデンの商品がたくさんで、お店の前にはカンナ物置とカンナキュートが並んでいました 仙台には、嫁さんと、息子・スタッフのクロちゃんとマキの5人で行き、マキがデザインして彫ったジーランドさんに差し上げるガラスブロックを持参していきました ガラスブロックの色はマキの好みだと思います。 先月、京都でジーランドの橋村社長に会ったときに仙台行の事を話したら、快く案内してくださると言うので伺いました、 仙台空港近くでは数えきれないほどの傷ついて走れなくなった車を見ました 海岸に行ける場所があったので行ってみると、松の木がほとんど倒されていて近くにあったという家はほとんど消えていました その跡地には雑草が生い茂りほんとうに家があったのか信じられない光景でした 海からの強い風に黄色い花が揺れていました 震災後は、何もなくなってしまった場所だと思うのですが、時とともに変化しているようです 夕方になると閖上に車で行くことができたので行ってみると、そこにあっとと言う街が消えてなくなっていました 良く見ると境界にあったコンクリートの基礎だけが残されていたのでかろうじてわかるのですが、実感がなかなか湧いてきません 港に行くと、向こうに見えている公園の跡地に積み上げられた残骸があり、小高い閖上の丘からは、街があった痕跡がわかる程度でした 丘の上に残された1本の松の木と一緒に、この春に街の学生に植えられたヒマワリが花を咲かせ、風にゆれていました ここに住んでいた人たちの気配は感じられません 思わず、手を合わせている自分がそこにいました 地上に残された車や船、5ケ月の歳月が過ぎてもまだそのまの状態で放置されています かろうじて残された家も破壊されていて、カメラを向けることはできませんでした 私もですが、若いスタッフに見せておきたかったので空き地に車を止め、少し車から離れ戻ると、パトカーが2台警察官が6人いて何をしていたのか訪ねられました 説明しているとパトカーより大きな車が来て、警察官が4人増えて10人になってしまいました 一瞬、護送でもされるかと思いましたが、注意をされたたけでした 反省しています。 近くの体育館の中に、テレビで何度も見た光景の写真や遺留品がまだたくさんあって 数人でしたが、一生懸命に何かを探している人もいました。 それから仙台駅に向かい、食事は駅近くの波奈で思う存分海の幸を味わいました お店に行く途中、駅前のビルの壁にヒビが入ったままでした 牛タンも、最後には稲庭うどんも さすがに大食いの私も まいりました ジーランド橋村社長・柴田さん ほんとうにお世話になりました、ありがとうございます。 これは、宿泊でお世話になった作並温泉一の坊さんの朝食バイキングの一部です 部屋もきれいで広く、一泊朝食付きでひとり7.200円ほどでした もちろん立派な温泉にも入れて、露天風呂の眼下は広瀬川の源流です ビジネスホテル並みの料金です、8月いっぱいの企画などだそうですが、こういった形での震災支援もあることを知りました。 |