花と樹と風と土 ガーデン工房 結 -YUI- のガーデン通信
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イワツバメの飛び交う駅前ロータリーにはすでに東北大学の皆さんがお待ちかねで、三々五々集まってくる一般調査員12名を温かく迎えてくださいました。初回参加者はわたしだけでしたが、それ以前の試行調査に参加された方、前の週の干潟の生き物調査に参加された方など旧知のメンバーもかなり居たようです。 東北大学のスタッフの皆さんはこの2週間に一度行われる田んぼの調査だけでなく、干潟の調査も行われている訳で、交替で対応しているとは言え、事前の準備や調査後のデータ解析まで含めるとほとんど無休状態の様子。…本当にお疲れ様です。 そんな中でも一般参加型の調査は手とり足とりの懇切丁寧なレクチャーから始まって、さまざまな準備や片付けなど何かと一般調査員の面倒を見てもらわなければならず、それなりの気遣いもして頂いており、はたしてそれだけの意味があるのかという疑問が残ります。つまり、何も一般参加型にせずとも専門家のみなさんが調査に専念した方が、よほど無駄のない効率的な調査が出来るのではという…それが前回の活動を終えたときの正直な感想でした。勿論レクチャーの中でそれなりの説明をいただいたのですが、わずかに残ったわたしなりの疑問があり、課題でもありました。 今回はそのあたりもはっきり押さえておきたいというのが、わたしなりのテーマでした。 さて、初日は仙台市若林地区にある今泉という場所で調査を行いました。 まずは同地区の被災しなかった田んぼの調査です。 このあたりは仙台東有料道路の土手がそのまま堤防の役割を果たし、津波の大きな被害から辛うじて免れた場所だということでした。そんな中でも潮に浸かった田んぼとその直近の浸からなかった田んぼとがあって、そこでそれぞれ生物相を調べ、比較しようという趣旨です。 前回同様、調査方法に関する丁寧な説明を受けて、12名が4名ずつの3チームに分かれ、近接する3枚の田んぼに散っていきます。 この田んぼの、畦の美しいこと! これほどたくさんの種類の植物に覆われた畔道を、わたしは初めて見た気がします。 それだけでも生物相の豊かさが知れようというもの。 前回の調査でも4か所の田んぼを見てきましたが、それぞれに特徴があり、住む生き物が違い、土の色が違い、畔の植生にも水の質にも、もちろん周囲の景色にも大きな違いがあって、とても興味深いものでした。 最初の泥の採取は一定量の泥の中から主にユスリカの幼虫とイトミミズがどの程度発見できるかという絶対量によって、その田んぼの回復の度合いを評価しようというものです。各自が田んぼ全体に散ってパイプを突き刺し、10センチの深さで泥を集めてきて、後ほどその中から生き物を探します。 それはいったん集めておいて… 次に網を使って5分間、自由に水中や土中の生き物を集めます。もちろん、イネや畦を傷めないように注意を払いながら! 2回目の参加ともなるとこの頃には畦から水の中を覗いて、あ、この田んぼはタマカイエビが多いぞ、とかチビゲンゴロウがいるぞとかわかるようになっていますから、ある程度目星をつけて網を差し込むことができます。山際の田んぼなら山影とか、あるいは水口の近くとか有機物の浮遊しているところとか、いろいろな場所から集めてくる工夫も出来るようになりますし、前回泥を集めすぎて時間内に調査を終えられなかったりした反省を生かして、泥や落ち葉など有機物はそこそこにしておいて、出来るだけ水中から多くを集めるようにしたりと、そんなことも考えるようになります。まあ、経験でモノを言えるほどにはまだまだなれませんが… これが調査キットです。東北大学生命科学研究科の、というより向井康夫助教のオリジナルになります。 奥の2種類のピンセットはそこそこ大きな生き物を掴むためのもの。細かいミジンコなどの生き物はスポイトで。 動きの速いガムシやミズムシやゲンゴロウの仲間は小網で救います。この絶妙なサイズの小網も向井助教の手作りというから驚きです。耳かきのようなのは薬さじ。やや動きの遅い小さな生き物をすくいあげます。その下の透明ケースは生き物を入れて前後左右上下から観察するためのキット。その他にもルーペや生き物を分類するトレイなどが揃っていて、それだけでわくわくさせられる上に、生き物の種を特定する(同定といいます)ため、ポケット図鑑と手作りの分類の手引書と生き物のリストがもれなく各自に配られます。 驚くべきことにこの手引書、前回よりもかなりページが増えている上に小型化して持ち運びが便利になっていました。 「バージョンアップですね!」 向井助教はにんまりとされていました。 とてもわかりやすい構成でカラー刷りで、しかも写真と手書きイラスト満載で、まさに研究者必携…いや研究者の皆さんはとっくに頭の中に入れている訳だから、一般調査員必携というところでしょうね。 そして、このリストをチェックしながら生き物の種を特定していきます。 この田んぼで生態系の豊かさの指標となるユスリカやドジョウが多く発見されました。あとアメンボ。 これがユスリカの幼虫。有機物食系というやつ。 イトミミズ! お食事中の方には申し訳ありません。 でも、彼らが生態系の根底を支えている訳で… 結局この田んぼからみんなで見つけ出した生き物の種数が15。 わたしが5種。 実はこの数字、あまり多くはないのですが… やはり生き物の数が少ないのは周囲に森や林や池など自然環境の少ない平野部の田んぼだったせいなのでしょうか。 実はこの数日前わたしは夢を見ておりまして(なんとも幸せなヤツではありませんか)、今回の調査で必死になってサンプリングしている自分がいて、それが探せど探せど生き物を発見できないというとても悲しいものでした。今回の調査が仙台市の海岸部ということだったので、「もしかしたら少ないかもしれない」とか、生意気にも予測を立てていたせいだと思うのですが、まさに的中した思いでした。 「この田んぼの土の色をよく覚えておいてくださいね。午後に調べる田んぼの土と比べてみてもらいますので」 と、向井助教。 午前の調査、終了です。 小雨の降る中昼食を終えて、午後からは同じ今泉地区内の今度は潮を被った田んぼの調査です。 テント設営、田んぼに出てのサンプリングもたいした雨にならず、雨脚が強まったのはテントの下の作業に入ってからでしたから、暑くならなかっただけかえってマシだったかもしれません。むしろ肌寒いほど。 こちらの田んぼの土の色… まっ黒でした。 津波によって運ばれてきた、それがヘドロの色。 津波がもたらしたヘドロや瓦礫は撤去が原則ですが、数センチの場合は除去を行わず除塩だけで作付を行うのだと、NPO法人田んぼの佐々木さんから教えてもらいました。 でも…悪い色ではありません。 むしろそれは有機物を含んだ土の色。海や海岸部の耕作地から運ばれてきたむしろ豊かな土壌であるのかもしれません。悪い臭いもしませんでした。 そして、この田んぼには一目見てそれと分かるくらいタマカイエビが満ち溢れていました。 午前中の田んぼには全く居なかった素敵な生き物です。 素敵で不思議な生き物です。 まん丸くて透明な2枚貝のような殻の中に、挟まれるようにしてエビがいて、器用にくるくる泳ぎ回っています。 いくら眺めていても、まったく飽きることがありません。 前回の調査ではこれの他に形が楕円形のカイエビというのも居て、これをすっと薬さじで拾い上げるのを、金魚すくいならぬカイエビすくいと称してそこそこ腕を上げたものでした。 「子供たちを集めて、タマカイエビすくい大会とかやったら楽しいでしょうねぇ」とか言いながら。 ここではでもカイエビはおらず、ただひたすらタマカイエビが一杯いました。 そして、ヤゴ。 アカネの幼虫の特徴は背中にトゲがあることだと、他のヤゴとの見分け方を教わりました。 体長1.5センチほどのヒメガムシ。 「これでヒメなら、本物のガムシって…」 「3〜4センチあります」 そりゃすごい! 前回同様、あちらこちらで歓声や嬌声があがります。 この田んぼでわたしが見つけたのは… (結局、今回もあまり写真を撮れなかったのは作業に没入してしまったせいなのですが) 確か、チビゲンゴロウ、ミズダニ、ヒラタガムシ、ヒメモノアラガイなど7種。 全体では18種でした。 つまり、被災した田んぼのほうが生き物の種数が多かったという逆転した結果が出たことになります。 もちろん…一般人の調査ですから精度はけして高い訳ではありませんが、わたしはむしろ津波によって運ばれた有機質の土砂が、かえって田んぼに豊かな生態系を生み出しつつあるのではないかと、そんな気がしてなりません。 という事はわれわれが考えているよりも耕作地の復興は早いかもしれない…という結論はもちろん早急すぎますね。だからこそ、こうしてデータを蓄積しているのでした。 ますます、調査が面白くなったところでこの日は終了。 すっかり冷え切った身体でそそくさと撤収作業に入り、多賀城市内の今夜の宿に向かったのでした。 (つづきます!) |