「マツが出来れば一人前」と言う人も居るが、「モミジが出来れば一人前」とも言う。
昔からモミジの剪定は親方のシゴトと決まっていた。
植木屋のグループでモミジを切っている人がいれば、そいつが大抵は”頭”である。
(現在ではモミジを刈り込んじゃう人なんかもいるくらいだから、そんなしきたりは無いでしょうが、、、。)
修業時代に、親方からモミジを任されることは大変な栄誉であったから、早くその地位を勝ち取ろうと
親方が落とした大枝をむさぼるように拾っては 休み時間を惜しんでハサミを入れて 練習したものだ。
昨日はマンションでモミジの手入れがあり、
[画像]
[画像]
今日は箱根の旅館の大きなモミジと向き合えた。
[画像]
枝が混み合ったモミジは、常緑樹と見紛うほどにぼってりとしてモミジらしく見えない。
梅の花も紅葉もそうだが、ごってりたくさんあれば良いというものではない。
びっしり咲いているより、枝間にポツリポツリと咲いている方がウメらしいし、枝の流れに乗るように空間にちりばめられた紅葉のほうが美しい。
[画像]
作業中に木の上から撮ってみた。
光合成のために確かに葉っぱはこれほど必要だったのかもしれないが、この混みようは、モミジの”らしさ”を損なう以外の何物でも無い。
活動が静まるこの時期においてはそろそろ透かしてもよかろう。
[画像]
少しずつ視界が開けてくる。
普通、刈込物などの手入れを行うと、いかにも手を入れました〜というような人工的な仕上がりになるが、モミジやシャラなどの落葉樹は、うまく手を入れればかえって自然ぽく見えるのが面白い。
平面的な写真では伝えにくいが施工前と施工後。
[画像]
[画像]
今回は時間が限られていたのでヨッちゃんの手も借りたが、
そうやって従業員の中にモミジが切れる技量が備わってくることもまた嬉しい。
モミジの剪定は奥が深い。だから飽きない。
樹上で悩むこともあるがそれもまた楽しい。(By K)